今日は節分だ。
そんなことは関係ない大学生である俺はテスト週間のために家にこもって勉強をしていた。
「絶対無理だ」
「No,諦めたらそこで試合終了だぜ……真田幸村」
小さいテーブルに男二人。
同じ授業を取っている伊達も今日は一緒に勉強しているのだが。
「あの教授、ドSだよな……なんでレポートと試験両方あるんだ」
「だがお館さまのご親友であるから」
はあ、と二人でため息を吐く。
上杉先生の“男性論”をノリで取ったものの、全力で四ヶ月前の自分を呪っていた。
とにかく難しいのだ、あの笑顔の裏には鬼が住んでいるに違いない。
「お館さまは関係ないだろ、誰だよ一人で取るのが怖いって言った奴」
「……」
俺だ。
上杉先生のことは個人的に良く知っていた。
お館さまの親友であるし、昔は良く道場にも来ていたからである。
「腹減ったな」
おい、話をそらすなと政宗からチョップを受けつつ俺はテーブルにうつ伏せた。
範囲の広さも尋常ではない。
単位を取れる人間など、いるのだろうか。
「恵方巻作ってきたんだけど、食う?」
「佐助が帰ってきたらな」
先ほどから気になっていた青いランチバックに入っているのは、どうやら恵方巻らしい。
関西に住んだことがないので、今までそういう習慣が無いので新鮮に感じる。
「伊達も関西出身ではないだろう」
「Ah?良いんだよ、流行には乗っておいた方が得だ。恵方巻しかり逆チョコしかり」
逆チョコ、という聞いたこともない単語に首を傾げた。
どういうことだろうか。
「男から女にプレゼントするらしいぜ」
「ふむ……」
ならば大学で女の子にチョコを貰わずに済むかも知れない。
毎年貰えるのは嬉しいし、おやつ代が節約出来るから来る者拒まずだったのだが。
今年は佐助がいる。
あのしのびに「これはなんですか?」と問われたら正直に答えられる自信がない。
「ま、俺には関係ないけどな」
毎年小十郎にあげるし、とやたらにこやかに言う伊達の言葉は無視することにした。


「だんな、ただいまかえりました!」
がちゃりという音と共に佐助が帰ってきた。
今日はずっと家にいるからと言って鍵をかけていなかったのである。
「おかえり」
「お、お邪魔してるぜ」
二人で出迎えると、佐助は嬉しそうに笑う。
伊達のことが結構気に入っているようだ。
「りゅうのだんな!こんにちは!」
「Oh,こんにちは」
相変わらず可愛い、といつもの挨拶を交わしながら佐助の頭を撫でている。
幸村は変わらない光景に苦笑を漏らす。
「佐助、手を洗ってこい」
「はい!」
荷物を置いてそのまま走って洗面所でうがいと手洗いをしに行った佐助を見守る。
インフルエンザにでもかかってしまったら大変だ。
出来る限りの予防はしなくては、と買ったばかりの加湿器のスイッチを押す。
過保護なこった、と呆れた声が隣から聞こえてきた。


「だんな、おみやげです」
「ん?…鬼か?」
はい!と頷く佐助の小さな手が持っているのは青い鬼の面だった。
どうやら佐助が作ったらしい、色塗りがかなり雑である。
ところどころかすれている、色鉛筆で塗られた面を手渡され俺はまじまじと見つめた。
「あと、まめももってかえってきました!」
得意げにふふん、と鼻を膨らませる佐助が可愛くて抱きしめたくなる。
「有難う」
「おい、こっち見んな。真田」
青い面といえば被る人物はただ一人だろう。
俺は黙って面を目の前の男に手渡した。
「行くぞ、佐助!」
「はい、だんな!」
鬼は〜外!と思いきり伊達に向かって豆を投げる。
佐助の投げる豆は子どもの力だからたかが知れているが、俺のは違う。
「Shit,手加減しろ!痛いわ、ボケ!」
わめく伊達を無視してひたすら投げる。
「おにさんばいばい!」
何粒かの豆を思いきり投げつける佐助の表情がやたら生き生きしていたのは見なかったことにした。



「……」
「伊達、すまぬ。悪ノリしすぎた」
全くだ、と頭をかく伊達の機嫌は最高に悪い。
この状態を大家である片倉に見られたら、きっと俺は畑の肥やしにされているだろう。
「ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる佐助にはにっこり笑って許したのに、この違いは何だ。
一応友人だろうと言おうとしたが、伊達のオーラが怖すぎてそんなことを言える空気ではなかった。
(頼む、佐助!なんとかしてくれ……)
このままでは寝てしまったときに取ったノートを写させてもらうという計画が台無しになってしまう。
それだけは避けたかった。
やはりギリギリまで頑張りたい。
視線を感じたのか、佐助が伊達の肩を叩く。
「りゅうのだんな、そのあおいふくろはなんですか?」
「ああ…これは恵方巻だ」
「えほうまき?」
「ああ、いわゆる巻きずしだな。食べると福が来るらしいから、佐助にと思ってな」
そう言って伊達はランチバックから弁当箱を取り出す。
先ほどより空気が良くなったので、俺はほっとしながらその様子を伺っていた。
「わあ!おっきい!」
「願いごとを思いながら、一気に食べるんだぜ。ほら、真田も」
手渡された寿司はかなりでかい。
一気に食べるのは難しそうだ。
「あと、喋っちゃダメだ。分かったか?」
こくん、と佐助は黙って頷く。
佐助の口に入るのだろうかと思いながら俺は恵方巻を口にする。

かち、かちと時計の針が動く音だけが聞こえた。
なんとか一気に食べ終わり、思いがけず腹いっぱいになったことに満足する。
伊達ももう食べ終わっていたようだ。
あとは佐助だけだ、どれくらい食べているのだろうと視線をやる。
「んっ……ん……」
その瞳はあまりに淫猥で、その唇は不自然なくらいに濡れていた。
まるで佐助が口に含んでいるのは寿司ではなく―……
「―っ!」
ずくん、と下腹部に異変が走る。
ちょっと待ってくれと思うが一度反応してしまうとなかなか治まらない。
『だんなの、おっきいね』
「佐助、もっと奥までくわえろ」
『んっ、ふぁああ……』
そんな淫らな妄想まで繰り広げられる。
まずい、これは大分まずい。
俺は慌ててズボンを押さえた。
(うおおお……し、鎮まれ!俺のナニか!)
「真田?」
俺の変化に反応したのか、伊達がどうしたんだとばかりに顔を覗き込んでくる。
頼むから見ないで欲しい。
「……Oh」
トイレ行って来いよ、と呟かれたことは恐らく一生忘れることは出来ないだろう。
(叱ってくだされ、お館さま!!)
バタバタと慌ててトイレに駆け込む俺を見て、伊達がにやにやと笑っていたことは勿論知る由もない。


「だんな、どうしたんですか?」
「Ah……生理現象だよ」
やっと食べ終わった佐助の疑問に、政宗はにやけながら答えたという。







僕らはこうしていきていく


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恵方巻ってえろいよね……笑