「さすけ、さすけ!」
ぱたぱたと足音が聞こえたかと思うと、戸から弁丸が出てきた。
此処は忍び小屋なので本来ならば、彼は来てはいけない立場なのだが何度言っても聞かないのである。
「弁丸さま、何度も言っていますが……」
「すまぬ、だが佐助に一番に伝えたかったのだ」
薬の調合をしていた佐助は眉をひそめるが、弁丸はそんなことなどお構いなしに佐助の服の裾を引っ張った。
来い、という合図である。
やれやれと口には出さずに思いながら佐助は音もなく立ち上がった。


弁丸に引っ張られながら歩いていくと、山の中まで入り込んでいた。
「いつも言っているでしょう、弁丸さま。山奥まで一人で出歩かないでくださいと」
迷子になったとき一番に駆り出されるのは、他の誰でもない佐助なのである。
今のところ大事には至っていないものの、大事になってからでは困るので佐助はつい口うるさくなってしまうのだ。
「大丈夫だ、弁丸はもう佐助を守れるくらい強いのだからな!」
「はぁ……」
やたら強気な主は、そのままずんずんと進んでいく。
山はすっかり赤や黄色に染まっていて、綺麗だ。
昔は、秋も紅葉も佐助としては忍びやすい季節になったと思うだけであった。
紅葉を見てそんなことしか感じなかった佐助に、それを愛でることを教えたのは弁丸である。
「見ろ、佐助。こんなにもたくさんどんぐりが落ちていたのだ!」
落ち葉とともに落ちているどんぐりを指さしながら弁丸は自慢げに言う。
どうやら見せたかったものとは、これのようだ。
佐助は唖然としてしまった。
「え……?」
「去年佐助が教えてくれただろう、どんぐりごま」
ああそういえばと佐助は思い出す。
去年の今ごろ、弁丸はどんぐりを間違えて食べてしまったのだ。
勿論、苦いのですぐに吐き出したのだが。
そのとき、どんぐりの使用法としてどんぐりごまを教えたことを覚えている。
考えてみればそのときより、今の弁丸はひと回りほど大きくなった気がした。
子どもの一年は長い、というのは本当なのだろう。
「これだけたくさんあれば、こまもいっぱい作れるだろう!」
「ふふっ、そうですね」
佐助はそう言って足元に転がっていたどんぐりをひとつ拾う。
かさが付いているそれは、なんだか普通のよりも特別に感じた。
「でも、こんなにたくさんあったら城中がこまだらけになってしまいますよ」
「うむ……それは困るな」
うーん、と腕を組んで悩む弁丸に微笑みながら佐助はどんぐりを手渡す。
「では煮てみましょうか?渋抜きをすれば食べられるのですよ」
「そうなのか!」
目をきらきらと輝かせて、弁丸はどんぐりを見つめる。
去年は佐助に何も聞かずに殻を割って食べて嫌な思いをしたのだが、きっと煮れば美味しいはずだ。
よし、と弁丸はどんぐりを握りしめる。
「では此処にあるどんぐりを見つけたのは俺だ、だから全部弁丸のものだ!一緒に拾うぞ、佐助」
「もちろんです」
「そして城のみんなにあげよう、どんぐりは美味しいのだと早く教えてやりたい!」
そう叫ぶと弁丸は落ち葉がたくさんある土の中からどんぐりを拾っていく。
小さなてのひらにはたくさんのどんぐりがこぼれ落ちるくらいいっぱい乗っかっていた。


なんてきれいなおもいでなのだろう


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弁丸からすれば佐助は本当に頼れるお友達なのです。