短いホームルームが終わって、教室を出る。
あの人は今日は部活だったかなと佐助は隣のクラスを覗き込んだ。
探し人はいない。数人の女子が雑誌を読みながら可愛らしい笑い声をあげているだけだった。
「佐助!」
いないと思ったら、トイレにでも行っていたのだろうか探していた人物は佐助の真後ろにいた。
「あ、旦那。どうしたの、今日は部活でしょう?」
そうだ、と頷く彼は剣道部のエースである。
剣道をやっている者で真田幸村と聞けばこの近隣で知らない者はいないだろう。
「腹が減ってしまってな。購買で何か割引商品が無いかと思って探しに行くところだ」
「なるほど」
「佐助は?」
佐助は幸村と違い、特定の部活に入っていない。
しかし友人に頼まれて色々な部活の助っ人として呼ばれることが多いのだ。
そして今日も友人である伊達に呼ばれている。
「政宗に呼ばれてる。たぶん旦那と同じくらいに終わるんじゃないかな?」
「そうか、ならば一緒に帰ろう。部活が終わったら裏グラまで迎えに行く」
「へーい」
佐助の部活が無い日以外はこうして一緒に帰るのが日常だ。
付き合っているのかといわれることもあるが、そんなことはない。
しかし普通の友達とはまた違う気がする。
簡単に言ってしまえば友達以上恋人未満、と言う関係だろうか。
中途半端な関係だと自分でも思う。
購買経由で剣道場へと向う幸村と別れて佐助は昇降口へと向かった。

幸村をそういう目で見たことがないといえば嘘になる。
しかしこの関係がなくなるのが怖かった。
想いを言ってしまえば、そこで今までの関係が無くなってしまう。
「言えたら、楽なんだろうけれど」
渡り廊下を渡って裏グラへと向かう。
裏グラというのは、その名の通り学校裏にあるグラウンドのことだ。
学校の敷地内にあるグラウンドはサッカー部と陸上部くらいしか使っていない。
他の部活―野球、テニス、ハンドボール、ソフトボールなどがそれにあたる―は少し歩いたグラウンドで活動している。
数年前に野球部に夜間照明が寄付されたので(何やら有名な漫画家がくれたらしい)、前よりは活動しやすくなった。
「Hey,佐助!待ってたぜ」
裏グラに着くとハンドボール部の主将である政宗が手まねきをしていた。
ハンドボール部は慢性的に人が少ないため、佐助が駆り出されることも少なくない。
実際佐助もこの場所が気に入っていた。
「ほら、さっさと着替えて練習だ」
「へいへい」
部室代わりのコンテナに入り、シャッターを閉める。
むわっとした空気がこの季節になると不快だ。
荷物を適当に置いて学校用のジャージに着替えた。

佐助はスポーツが好きだ。
それをしている間はくだらないことを考えなくて済むからである。
ふと気を抜くとあの幼馴染の笑顔が浮かんでしまうのだ。
「ほんと、もう重症かも」
常に彼を考えてしまうあたり、自分は本当に幸村のことが好きなのだ。
想いを隠していることも、もう限界なのかも知れない。



「佐助!」
部活が終わり、コンテナの前で喋っていると坂の上から声が聞こえてきた。
間違えるはずもない幸村の声である。
政宗たちに挨拶をして、彼の方へ向かう。
「旦那、お疲れ!」
「うむ。佐助もな。…ん?」
自転車にまたがっている幸村は佐助の顔を見て首を傾げる。
「どうしたの」
「少し焼けたか?今日は日差しが強かったからな」
そう?と佐助は自分の手を頬にあてがう。
普段から自分の手が冷たいのもあるだろうが、確かに火照っていた。
ひんやりとした手が気持ちいい。
「帰ったら氷水で冷やさなきゃね」
そう言って佐助は自転車の後ろにまたがった。

涼しい風が火照った顔に心地よい。
身体に伝わる幸村のぬくもりも安心する。
「佐助、」
「ん?」
「今日は時間あるか?」
不意に聞こえた言葉に佐助は首を振った。
今日はバイトも無いし、家に帰ってやることと言えば明日の英語の予習くらいだろうか。
「大丈夫だよ」
「では寄りたいところがあるのだ、付いてきてくれるか」
いつもの帰り道と少し違う道を通って、二人を乗せた自転車は走った。

「なーんか、真っ暗だね」
「街灯もないからな…この辺はまだ田舎なのだろう」
遠くに見えるビルとは反対の景色に笑みがこぼれる。
同じ市なのにこんなにも違うのかと。
「このあいだ、練習試合の帰りに此処を通ったのだが」
「うん」
「風が吹くと稲穂が揺れて、この夕焼けに染まった茜が綺麗なのだ」
ざわざわと聞こえる風の音が稲穂を揺らす。
沈みかけた夕日が、確かに綺麗だった。
「この景色を初めて見たとき、俺は佐助を思い出したのだ」
「……」
「だから、佐助と此処を見たいと思った」
そう言う幸村の身体は夕焼けに照らされてきらきらと光っている。
彼にはこういう紅が似合う。
「…それだけだ」
大したものじゃなくてすまん、と謝る幸村に首を振る。
「ううん、綺麗だし嬉しかった」
幸村が綺麗だと思ったものを見せてくれたことも、夕焼けを見て自分を思い浮かべてくれたことも。
そんなことはきっと、一生言うことは出来ないだろうけれど。
「喜んでくれて良かった。さて、帰るか」
頷いて、また後ろにまたがる。
思い切って幸村の背中に抱きつけば、うお!っという声と共にバランスを崩して二人して転んだ。
「なななな何をしておる佐助!大丈夫か!」
「ご、ごめん」
慌てて声を荒げながらも自分のことよりも佐助のことを心配する幸村に笑う。
きっとこの赤は夕日のせいなのだろう。




いつか君に優しい世界を見せてあげたい


- - - - - - - - - - -
佐助から見る幸村の世界はきっときれいなのだと思います。