出会ったころはこんなにも大切な存在になるなんて思いもしなかった。
それどころか現実を知らない、いいところの坊ちゃんだと思っていた。


ある日、主である幸村が突然山に行こうと言い出した。
山ならば城の周りにたくさんあるではないか、と思いつつ佐助は頷く。
「この縁側から見るよりも、きっと山の中で見た方があの橙色もきれいなのだろう」
そう言って向かったのは、幸村がまだ弁丸とよばれていた頃に訪れていた近所の山だった。
「ここいらは全然変わりませんね」
「何がだ」
「拗ねた弁丸さまを迎えに行った頃と、木の表情が変わらない。旦那はこんなにも大きくなったのに」
綺麗に彩られた橙や紅の葉の道は、あの頃と変わらないと佐助は思った。
「そうか?」
幸村は立ち止まって近くの木に触れる。
骨ばった手を見て、ああ、やはりあの頃とは違うのだと思い知らされた。
柔らかくて小さなあの、強く握りしめられたてのひらを思い出す。
「こんなにも小さなものだっただろうか」
上を見上げる幸村につられるように佐助も空を見上げる。
透き通るような青空は目に眩しい。
「幼い頃、此処は俺にとって秘密の場所だったのだ。佐助にはいつも見つかってしまったが」
そうですね、と佐助は笑う。
良く茶の稽古や勉学の時間になると弁丸はたびたび城を抜け出していた。
その度に駆り出されるのが佐助だったのだ。
「俺は見つからないように必死だったのに、お前には全てお見通しなのだな。それは今も変わらない」
『佐助は、弁丸さまの忍びですから。何でもわかるのですよ』
優しい笑顔で言う忍びの顔は、幸村の瞳に焼き付いている。
「佐助、今も俺のことなら何でも分かるか」
「勿論」
「そう、か……」
「俺はずっと旦那の忍びだから。旦那が俺を捨てる、そのときまで」
そんなことを言えば、いつも幸村は決まって捨てるなどありえんと怒る。
だが、今日は違った。
「きっと俺が佐助を捨てるのではなく、佐助がいつかきっといなくなってしまうのだろう」
「え?」
「佐助は、俺のことを分かっていない。俺は佐助の思っているほど綺麗な人間じゃない」
空を見ながら幸村が言う。
「ど、どうしたの…?旦那」
「いつか言っただろう、俺はお前が好きなのだ」
ああ、またその話かと佐助は心の中で溜息を吐く。もしかしたら外に出てしまっていたかも知れないけれど。
幸村の『好き』は団子や鍛練にも使われる。
「旦那、それは」
「お館様とは違うのだ、きっとこれは慶次殿が言う『恋』なのだろう」
「……っ」
まっすぐに自分を見る幸村に佐助は思わず瞳をそらす。
気持ちがあまりにもまっすぐすぎて、返すことが出来ない。
「好きだ、佐助」
「ば……ばか、俺は忍びですよ」
「そんなもの、取っ払ってしまえばいい」
佐助はことばを失った。何といえばいいのか分からない。
ただ心がざわざわとしていて、混乱していることだけは分かった。
「こんな主をお前は軽蔑するだろう?」
「あ……だ、んな」
「だからいつか佐助がいなくなってしまう、それが怖くてずっと言い出せないでいた」
じっと此方を見つめる幸村と瞳が合う。
もう離すことは出来なかった。
「だが、もう我慢など出来ない」
「旦那……」
「俺が死するときまで、ずっと傍に居てほしいのだ」
それは何て殺し文句なのだろう、と佐助は頭の隅で考える。


「佐助、泣いておるのか?」
そんなに嫌だったのかと慌てたような声音で幸村が近寄って来る。
「え、え……」
言われるまで気付かなかった佐助はまさか自分が泣いているだなんていささか信じられなかった。
「嫌じゃないに決まっているでしょ」
一生懸命に笑顔を作れば、目の前にいる主も眩しい笑顔を浮かべる。
「有難う、佐助」
「幸村様、ずっとずっと草の身でありながらお慕いしておりました。こんな忍びでもよろしいのですか」
「無論」
佐助の細い腰を掴み、抱きよせる。
そのまま二人の唇が重なるのに、そう時間はかからなかった。




こんな日が来ることを、ずっとずっと願っていたのかも知れない。




年を重ねてゆくあなたを、
ずっと傍で見ていられますように


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お題をお借りしました…as far as I know