弁丸は元服をすませ、幸村という名になっていた。
背丈も声も大きくなったし、武士らしくなっている。
しかし彼は変わらない。
感情を素直に表現するところ、鍛練の後のおやつの時間が好きなところ、裏の無い笑顔を浮かべるところ、たまに真面目な顔をして驚かせるところ。
それはいつになっても変わらなかったし、そのままで良いものだ。
さすけ、と見上げてきた瞳が同じ目線になっていく。
きっとあと何年か経てば追い抜かれてしまうのだろう。
その笑顔はどんどん大人びていって、男らしくなっていった。
(いつまでも一緒にいられるなんて思ったこと無かったけれど)
相変わらず元気に槍を振り回している主を見下ろす。
一房だけ願掛けなのか何だか分からないが伸ばしている髪の毛が尻尾のように揺れている。
まるで炎のようだと思った。
ゆらゆらと揺れている尻尾は、燻っている炎に見える。
それは幸村という人が熱いからかも知れないが。


「佐助!何をしておる、そんな自分ばかり日陰でずるいぞ」
いつの間にか佐助の存在に気が付いていたのか、幸村がこちらを見上げていた。
きらきらと汗が光っている。
夏に程近いこの季節、幸村のように元々の体温が熱い人は大変なのだろうと佐助は他人事のように(実際他人の事だが)思う。
忍びだからというのもあるが、佐助は人より暑さに強い。
しかし自ら進んで日向に行くような馬鹿な真似はしない。そもそも佐助は忍びである。
「俺様は影だから此処が似合うんです」
「降りて来い、命令だ」
「……」
命令だと言われてしまえば降りるしかない。
音も立てず佐助は主の目の前に姿を現した。
「相手をしてくれ」
「嫌ですよ、旦那に適うはずないって」
「他の者に怪我をさせとうない」
それにこの日差しじゃ倒れてしまうかも知れないだろうと、真面目な顔をして言う幸村に俺なら良いんですかと呟く。
聞こえないように言ったつもりだったが、どうやら野性児に近い主の耳には届いていたようだ。
「佐助は忍びだろう」
この人は忍びを少し勘違いしているんじゃないかと思う。忍びだからといってこの日差しの中で動き回って平気でいられるという訳ではない。
「頼む」
「ち、ちょっと!忍び相手に頭なんか下げないでくださいよ!」
慌てて制止して、佐助は内心やれやれと思いながら幸村の頼みを聞くのだった。


「いや〜旦那も知らないうちに強くなったもんだね」
俺様大感激、と茶化すように言う。
暫く手合せなどしていなかったが、思った以上に幸村は強くなっていた。
一撃一撃が重い。ずっしりと来る攻撃は、その身体の細さからは想像出来ないほどである。
「うむ!日々お館様と修行しているからな!しかし、俺はもっともっと強くなる」
「ええ、応援していますよ」
「いつまでも佐助に守られてばかりでは駄目だからな。佐助を守ってやらねば」
「ええ、……え?」
冗談かと思い、思わず顔を見直す。しかし主は真面目な表情を浮かべていた。
「ちょっと、忍びを守る主なんて聞いたことないですよ」
「好いた者を守って何が悪い、俺は佐助が好きなのだ」
佐助は自分が苦い笑みを浮かべていると自覚していた。
この『好き』はお館様や、幸村の父兄、それから家臣、忍び隊全員に対してのもので佐助だけに注がれるものではないこと。
きっと彼が好きだと笑顔で言う団子と同じ意味だろう。
そうとわかっているのに、違う意味を期待してしまう自分は忍び失格だ。
(主をそれ以上の目で見る忍びなんて聞いたことない)
そんな感情を押し殺して平静を装う。感情を隠すのは得意だ。
「そりゃあ光栄だ、俺も旦那のこと好きですよっと」
「何故茶化す!俺は本気で言っているのだぞ」
俺の好き、はアンタには重すぎるんだよ。
まっすぐ見つめてくる主に、喉元まで言葉が溢れだす。必死に抑えて佐助は人のよい笑みを浮かべた。
「全く、そんなことばっかり言っているといつまで経ってもお嫁さん貰えないですよ」
「よ、嫁など……!はれんちであるぞ、佐助!」
何を想像したのか、そう叫んだ幸村の頬が赤く染まっているのは暑さのせいだけではないだろう。
そんな純粋な主に佐助はくすくすと笑った。




繋いでいた手が離れるように、きっともっと大人になるにつれて彼は離れていくのだ。
否、そうでなければならない。
(でも、それまでは一緒になんて忍びには過ぎた願いだとわかっている)




傲慢な本音を隠すわたしを、
あなたが嫌悪しませんように


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お題をお借りしました…as far as I know