佐助の朝は早い。
忍専用の部屋についている窓を開けると、そこには真っ白な雪景色が広がっていた。
身体を震わせて、どうりで寒いわけだと一人ごちる。
まだ夜も明けたばかりだからか、反射する光もどこか柔らかい。
「さて、若を起こしに行きますか」
まだ年若い主はきっとまだ夢の中だろう。
朝餉の時間にはまだ間に合うし、すぐに起こすつもりもない。
しかし、主は寝相が悪いのでいつの間にか布団が何所かへ行ってしまうのだ。
風邪を引いては大変だと佐助は毎日のように布団を直してやっている。
これは忍の仕事に入らないだろう、と内心思いつつも結局やってしまうのは、もう性質なのだろう。



「あーあ、ったく……寒くないんですか」
起こさないようにと、そっと天井から覗くと案の定主である弁丸はすやすやと眠っていた。
ただ、その布団は弁丸の身体からだいぶ離れてしまっていたが。
やれやれ、と佐助は息を吐きながら床へ降り立つ。
音に反応して弁丸はもぞもぞと動くが、やはり起きる気配はない。
「んぅー……」
やはり寒いのだろう、身体を小さくして足を縮こませている。
何だか微笑ましく感じながら佐助は遠くに行ってしまった布団を弁丸の上に掛けた。
暖かなものに包まれてほっとしたのか、縮まっていた足が伸びていくのが見える。
それに思わずくすりと笑ってしまう。
普段は家のせいもあって年齢よりしっかりして見えるが、やはりまだ小さな子どもなのだと思いなおす。
そしてそれを守ってやれるのは他の誰でもなく、自分なのだ。
「さすけ……?」
「はい」
起こしてしまったのか、寝ぼけているだけなのか。
弁丸はぼそぼそと何か言っている。
同時に大きな瞳がうっすらと開く。
「もう朝か」
「いえ、弁丸様が寒そうでしたので布団を掛けただけです。まだ朝餉までは時間もありますし、寝ていて大丈夫ですよ」
「うむ」
「では」
再び天井に戻って息を吐く。
弁丸の部屋よりも寒いが、自分にはこちらの方が合っていると思う。
少しぼーっとしてから佐助は再び天井から部屋を覗いた。
弁丸は再び目を閉じてはいたが、一度覚めてしまったからかもぞもぞと落ち着きなく動いていた。
きっと眠れないのだろう。
「佐助、まだおるか」
「はい」
「もう目が冴えてしまった、話相手になってはくれぬか」
そう言って弁丸はむくりと起き上がる。
掛けたばかりの布団が少しずれた。
「承知致しました」


「今日は雪が積もっておりましたよ」
「ほう…どうりで鳥の鳴き声がしないわけだ」
障子を開けて、一面の雪景色を眺める。
弁丸の目が一気に輝いた。
「外はまだ寒いですよ」
「大丈夫だ!」
何を思ったかそのままの格好で草鞋をはいて庭へと走り出す。
まだ真っ白できれいな雪が小さな足跡で埋め尽くされていく。
「佐助、見ろ!冬がたくさん来ておる!」
あっちへ行ったりこっちへ行ったり、まだ朝も早いというのに大きな声を出してはしゃいでいる。
「弁丸様、風邪を引いてしまっては大変ですから」
だが肝心の主はもう見えないところまで行ってしまっていた。
やれやれ、と佐助は頭をかいて主を追った。




「佐助、来たか」
「弁丸様がお呼びになったのでしょう?」
弁丸がいたのは洗濯した衣服を干す竿のところだった。
何故こんなところに、と佐助は疑問を持ちざるをえない。
主がじっと見つめていたのは出しっぱなしにされていた桶だった。
きっと昨晩女中の誰かがしまい忘れてしまったのだろう。
「こんなところにも冬がおる」
「へ?」
「ここに氷が張っている」
確かにそこには薄く氷が張っていた。
「これが冬ですか?」
佐助は理解出来ない、とばかりに眉を顰める。
だが主はただにこにこと嬉しそうにするばかりだった。




弁丸の中の冬はたくさんある。
池に張った氷、草についた霜、踏みつけるたびにさくさくと音を奏でる土。
そして、白く染まった景色。
全てが彼の中の冬そのものなのだ。
佐助にとっては忍びづらいと思うことしかないこの季節にも弁丸は意味を見出していた。
それは子ども特有の価値観なのかも知れない。
もしくは、忍びにはもともとない感情なのかも知れない。




愛おしく思う気持ちのままに、
あなたを愛せますように


- - - - - - - - - - -
お題をお借りしました…as far as I know