誰かがしのびは表情を変えないのだと言った。
人に使われる道具なのだから、怒りや悲しみといった感情は不要なのだと。
なんて悲しいことなのだろうと、幼い心ながらに思った記憶がある。


「しのびである前に、人間であろう」
「いえ、忍は人間ではありません。道具なのです」
しれっとした表情で答える忍に不思議な感情を持った。
「佐助は俺を守りたいと思っているのでは無いのか」
「……」
全てを仕事と割り切っていることは知っていた。
自分の代わりに彼が汚れているということも知っていた。
こんなことを、守られる側の自分が言うのもおかしいことなのだろう。
「勿論、弁丸様をお守りしたいと思っておりますよ」
「それは感情ではないのか」
そう言ってつめよれば、佐助は困ったような顔を浮かべる。
どうしたら説得できるか考えているようだ。
「弁丸様、確かに忍も感情を持っているかも知れません。けれど、それを持って仕事をするということが無いのです」
「だから終わったあとはあんなにも苦しそうな顔をしているのか」
「え?」
佐助はいつも帰ってくると、父上のところへ報告に行ってから自分の元へやってくる。
いつもの笑顔を浮かべているのだろうが、どこか辛そうな表情が目に焼きつくのだ。
「あのような辛い顔を浮かべる佐助は見たくはない」
「辛そう、ですか?」
「うむ」
すると佐助は口元をあげて笑う。
「でも弁丸様にお会いするとそのような気持ちも吹っ飛んでしまいますよ」
佐助は冷たい手で頬を撫でる。
「弁丸様の温かい頬に触れると、生きていると感じるのです」
「佐助も、」
そこまで声に出して、だけどちゃんと「人」ではないかと言うのはやめた。
言葉にするほどでもないと思ったのだ。
「俺も、佐助の冷たい手を触るとほっとするぞ」
手のひらを佐助の手の甲の上に乗せる。
ひんやりとしたそれと合わせることによって、体温が移っていくのが分かった。
「佐助」
「はい?」
「外で感情を出せとは言わん、けれど俺の前では忍ではなく人間でいてくれ」
もう辛そうな顔は見たく無かった。
見たいのは違う。
「分かりました」
はにかむような、不器用に笑うその微笑みが見たかったのだ。
忍と呼ぶには感状豊かなその人に向けて精一杯の笑みを送った。




我慢しきれずに零れるのは、
明るい笑い声でありますように


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お題をお借りしました…as far as I know