どうやってこの気持ちを伝えようか。
言葉じゃ伝えきれないこの想いを伝える術は、一体何処にあるのだろう?


ひとりごと


「佐助、おらぬか。佐助」
何を伝えたかったのか、結局分からなかった。
この気持ちをどうにかして言葉にしたが、自分の力だけでは足りなかったようだ。
助けを求めようといつもそばにいる忍の名を呼んだが、返事も姿も無い。
何処かへ偵察にでも行ってしまったのだろうか。
主である自分は命じていないので、きっとお館様からの命であろうと思い、幸村は筆を置いた。
急に手紙が書きたくなって、文を書いた。
結局、他愛の無い文章になってしまったが。
「幸村様、お館様がお呼びでございます」
女中の声が襖の向こうから聞こえてくる。
分かった、と言って幸村は立ち上がった。


鍛錬も終え、部屋に戻ってきた幸村はふうと息を吐いた。
朝と何も変わっていないはずの部屋に、何か違和感を感じる。
あの文が無い。
「さ、佐助!」
「はいはい、何ですか旦那。おかえり、どうしたの?まだおやつの時間には早いんじゃない?」
すっと、背後に来る影は軽口を叩きながら橙色の髪の毛を掻いていた。
僅かながら血の臭いがする、きっと今帰ってきたばかりだったのだろう。
「旦那?」
首を傾げる佐助に、幸村は本題を思い出す。
「俺の書いた文を知らぬか」
「文ぃ?何、旦那もついに好きな子が出来たとか?」
この間まで、はれんちでござる〜とか言ってたのにねえと笑う男に、幸村はそのようなことではないと叫んだ。
「じゃあ何書いてたの?」
「いや、それは……言えぬ」
まさか佐助宛に書いた文だとは言えずに口ごもる。
「言いたいことがあるのに、気持ちを言葉にするのは難しいものだな」
「え、あ、え……」
「こんな文ならあるけど?」
にやりと人の悪い笑みを浮かべて、佐助は先ほどまで机の上にあった文をひらひらと揺らす。
「そ、それは……!」
「探していたのはこれですか、幸村様?」
何故それをお前が持っているのだ!と幸村は頬を紅く染めながら、それを佐助の手から分捕った。


「旦那も成長したねぇ、こんな口説き文句が書けるようになるなんて」
団子と茶を幸村の前に置きながら佐助が言う。
「口説き文句などではない!」
「真っ赤になってちゃ説得力無いよー旦那」
だから違うと言っておるであろう!と団子を頬張りながら言う彼は、戦場で駆ける鬼とは全く違うと佐助は改めて思った。
茶をごくごくと飲みほしてから幸村は、男にしては大きな眸いっぱいに橙色を写している。
暫くして、ああ見つめられているのかと気付かれないようにため息を吐いた。
「あれはただのひとりごとだ!」
「へいへい、じゃあそういうことにしておいてあげますよ」
そう言って佐助は屋根の上へと消える。
「おい、佐助!一緒に食わぬのか!」
「主人と一緒に食べちゃ駄目でしょ、俺は後で食べるから旦那が先に食べてて」
そう言うとそれっきり佐助は何も言わなかった。
気配があるからまだ上にはいるのだろうけれど。
「俺が良いと、言ってもか」
「……けじめはつけなきゃ駄目でしょ、といつも言ってるでしょう?」
「うむ……」
だが、俺は佐助と一緒に団子が食べたいのだという言葉は茶と一緒に飲み込んだ。


黙々と食べているのだろう、主は何も話しかけて来なくなった。
佐助が手紙を貰ったのは今回が初めてではない。
まだ、幸村が弁丸と呼ばれていた頃、勉強も兼ねて良く手紙のやり取りをしていた。
尤もいつも一緒にいるのだから、手紙というよりは日記に近いものだったけれど。
もう既に戦忍として暗殺もしていた佐助にとって、それは知らないうちに癒しとなっていた。
(そのとき、初めて俺の世界が出来たのだ)
忍としてでは無く、「猿飛佐助」としての世界。
それを作ってくれたのは紛れも無く、主人であった幼き頃の幸村である。
幸村自身はそんなこと知らないだろうけれど。
(貴方が見たいと言った俺の世界を造ったのは、他の誰でも無い、貴方なのだ)
「佐助、まだいるか?」
「はいはい、いますよ?」
「考えたのだが、俺の部下としてでは無く……その、恋仲として団子を一緒に食べぬか」
恥ずかしそうに言う彼の表情を想像して、佐助は心中を隠すこと無く笑った。
「分かりました」
真っ赤になっている幸村の前に、少しだけ頬を染めた男が現れるのはこの少し後の話。