もう秋も深まり、だんだんと着るものも増えていく今日この頃。
バイトも大学の授業もないので、俺はひとりでごろごろとテレビを見ていた。
番組の合間に見る夢の国のCMを見て、ああもうハロウィンなんてものなのかと思う。
だが、それが終われば今度はクリスマスで、日本人は本当に行事に関して言えば物凄く忙しい。
佐助を夢の国に連れて行きたいけれど、今の収入では到底不可能に近いのである。
きっと佐助も行きたいだろうに、そういうことは一回も言ったことがない。
今度何処かへ連れていってやろう、そう思って寝返りを打つと玄関からがちゃがちゃと音がした。


「だんな、ただいま!」
ぺたぺたと可愛らしい足音と共にしのびが帰ってきた。
いつもの小さなかばんを肩にかけている。
「おかえり」
「Hey、幸村。お邪魔するぜ」
「伊達!どうしたのだ?」
授業が全く被っていなかったため、暫く会っていなかった友人も一緒にいたのである。
「そこで会ったんだ」
二人はどうやら偶然アパート近くで会ったらしい。
「そうなのか」
おそらく伊達は片倉さんのところにでも行くつもりだったのだろう。
「すまん」
「問題ないぜ?何せ佐助から頼まれごとされちゃったからな」
伊達はそう言うと、くるりと佐助の方を向いてさっそくやろうぜと声をかける。
「うん!」
頷いた佐助は小さい鞄の中から布を取り出そうとするが、それを伊達は止めた。
「Stop、幸村にはお楽しみなんだろう?小十郎の家に行こうぜ?」
「……だんな」
ちらりと此方の様子をうかがう佐助は、行きたいけどいい?という表情である。
はあ、とため息をつく。
「夕飯までには帰ってくるんだぞ」
「はい!もちろんです!りゅうのだんなーはやくー!」
そうと決まれば子どもの行動は早い。
くいくいと伊達の服を引っ張り、早く早くとせかす。
「OK!分かっているって」
苦笑しながらも佐助についていく伊達はとても楽しそうで。
ああ、もしかすると俺よりも伊達といる方が佐助は楽しめるのではないかと思ってしまった。
もやもやと浮かぶ感情は、気がつかないふりをした。



夕飯の準備も終わり、テレビもニュースからバラエティに変わった頃佐助は帰ってきた。
「ただいま!」
「おかえり、楽しかったか?」
「はい!りゅうのだんなに、いしょうつくってもらったんです」
それで、それで!と興奮気味に話す佐助を見つめながら俺はこういう表情をさせてやれないと思った。
自分のことを好きだと言ってくれる、自分に尽くしてくれる、佐助はそんな存在である。
では、俺は彼に何が出来ているのだろう?
一緒に何処かに出かけるなんてことはもちろん、遊ぶことだって最近出来ていない。
何処か寂しそうな佐助の顔しか、見ていない。
「そうか、良かったな」
「……だんな?」
少しの変化にも敏感な佐助は首を傾げた。
俺の表情が曇ったことを感じたのかも知れない。
「ご、ごめんなさい……おこっている?」
「怒ってなどおらぬ」
「かえり、おそくなってごめんなさい」
しょんぼりとうな垂れる佐助を見て、いつもならば大丈夫だと言って頭を撫でてやれるのに。
今日はそれが出来なかった。
「伊達のところの方が楽しかったであろう?ずっと其処にいればいいじゃないか」
「……え……」
「伊達のところならば、こんな貧乏暮らしをせずに済むし、好きなところに遊びにも行ける」
その方がいいだろう、と俺は佐助の目も見ずに言う。
丸い瞳を見ることが怖くてたまらない。
「だんなは…そのほうがいいとおもうんですか?」
「…ああ」
「……わかりました」
佐助、と声をかけようとするが俯いたままの顔は見ることが出来ない。
「いままで、おせわになりました」
けれど、その声はとても震えていて。
最後の最後まで、俺は佐助に何もしてやれなかったのだと痛感する。
きっとこれが一番良かったのだと自分に言い聞かせることしか出来ない。
そんな自分が佐助を追いかける権利など、無いに決まっていた。


その日佐助は俺のアパートから姿を消した。
佐助のいない部屋はいつもよりも広く、だが寂しく感じた。



*


旦那に飽きられてしまった、そう思って佐助はとぼとぼと道を歩いていた。
まだ完全に日は沈んでいないものの、すぐに月が出始めるだろう時間で気温はどんどん下がっている。
行くあてなど何処にも無い。
片倉のところも考えたが、きっと行ったところで幸村の元へ戻されてしまうだろう。
その幸村は己のことを必要としていないのに。
伊達の家は幸村と二人で行ったことしか無かったので道が分からない。
しかも彼は今片倉の家にいるはずだ。
いつも通っている学校も、夜はきっと誰もいないだろう。
(おれってほんとうにだんなしかかんがえられないんだな)
『伊達のところならば、こんな貧乏暮らしをせずに済むし、好きなところに遊びにも行ける。その方がいいだろう?』
そう幸村は言っていたけれど、それは彼自身の気持ちでもあるのではないかと佐助は思う。
佐助と一緒に住み始めてから、生活費のために幸村はバイトを更に増やしている。
そのため遊びにも行けないうえに、佐助の分の食費もあるから決して裕福だとは言えない暮らしをしているのだ。
自分は何て邪魔な存在なのだと、考えるだけで勝手に涙が零れてくる。
もっと早く気がつけば良かったとぼろぼろと流れる涙を拭いながら佐助はひたすら真っ直ぐ歩いていた。



足は自然と近くの公園へと向かっていった。
誰もいない公園のブランコに座る。
以前散歩で幸村と来たときは、あんなにもきらきら輝いていたのに今は暗くてその輝きも感じない。
幸村の隣にいないと、世界が輝かないのだ。
「おれ、だんなになにもできなかったのかな」
ぽつりと呟いた言葉は地面に吸い込まれていく。
佐助は自ら幸村の元へと行った。
それを後悔したことなど一度もない。
貧乏でも、一緒に遊びに行けなくても、幸村がいればそれで幸せだったのに。
気持ちをそのまま言葉に出来たらどんなに良かっただろう。
「おれは、だんなのとなりにいることができれば……それでしあわせなんだよ……」
拭いても拭いても涙はこみ上げてくる。
「だんなをよろこばせたかったのに……ちゃんといえばよかったのかな…?」
もうすぐハロウィン。
佐助はハロウィンの企画で仮装をすることになっていた。
その衣装を伊達に作って貰ったのである。
幼い佐助は、もちろん幸村が嫉妬していたなんてことが分かるはずもない。
ただ幸村に似合っているぞと言われたくて、可愛いと頭を撫でられたかっただけだった。
真っ黒い魔女の衣装は佐助の髪の毛が映えて、綺麗だと伊達が言っていたからきっと幸村も喜んでくれると思った。
それなのに、待っていたのは自分の想像とはかけ離れたもので。
また思い出しては涙があふれてくる。
限界などないのではないかと思うくらい佐助は一人で泣いていた。
「佐助?」
不意に見知った声が聞こえて思わず振り返る。
そこには先ほどまで一緒にいた男が立っていた。
「どうしたんだ!?」
男―伊達はぼろぼろと泣いている佐助を見て驚いた表情を隠せなかった。
幼いながらも一度も彼の泣き顔を見たことが無かったからである。
「真田のところには帰ったのか?」
「……」
「……とにかく、俺の家に来い。いつまでもこんなところにいちゃ、風邪引いちゃうだろう」
ほら、と背中を向ける伊達の意図が分からなくて戸惑っているとおぶってやると優しい声が聞こえてきた。
「うん」
佐助はこくりと頭を動かして、伊達の背中に身体を預ける。
大きな背中はとても温かく感じた。



*


「ったく、本当にどうしたんだよ」
いつもながら伊達の家は大きい。
幸村の部屋よりも何倍も大きい部屋に通されて、立派なテーブルにはホットミルクが置いてあった。
くつろいでいるところを見ると、どうやら此処は伊達の部屋らしい。
「俺が明日1限からじゃなかったら大変なことになってたぜ」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃねえよ。ほら、今日は泊めてやるから幸村に連絡しろ」
ほら、と渡された携帯の画面には『真田幸村』の文字が表示されていた。
佐助は黙って首を横に振る。
もう自分は捨てられてしまったのだということを伝えると、伊達はハァ?と間抜けな声を出す。
「何でだよ、佐助のことあんなに大切にしている幸村に限ってそんなことはねえだろ……」
「りゅうのだんなのところにいけばいいといわれたんです」
「で?お前はどう思ったんだ」
伊達の瞳は片方しかないけれどすごく強くて、佐助は思わず目をそらす。
どう思ったも何も主にいらないと言われてしまっては、しのびは消えるしか道はない。
「俺のところに来るのか?」
「しのびは、あるじにいらないといわれたら……もうおつかえできません」
確かに伊達のところにいても良いのかも知れない。
優しいし、金持ちだし、きっと佐助の望みを叶えてくれるだろう。
けれど、本当に欲しいものはそうではないことを佐助は分かっていた。
「しのびだとかは関係無いだろう?お前はどう思っているんだ」
「お、おれは……」
「真田と一緒にいたいのか?」
ただ頷くだけで精いっぱいだった。
気持ちがあふれ出てしまいそうで、抑えがきかない。
「おれはだんなといっしょにいたい…!ずっと、ずっとおそばにいたいんです……」
言ってしまえばあとは涙しか出てこなかった。



*


次の日、朝起きると伊達からメールが来ていた。
「佐助が来ている、か……」
結局なかなか寝付けなくて、朝方に寝たものだからなんだか寝足りない気がする。
今日は3限からだ。むくりと起き上がる。
佐助がいないのだと、意識せざるをえなかった。
いつもならば鼻孔をくすぐる卵焼きの匂いがしないこと。
おはようと言う相手がいないこと。
いなくなってからたった数時間だというのに、佐助の匂いが消えかかっていること。
それらが不自然に思えるくらい、佐助は無くてはならない存在だったのに。
「……」
もしかしたら、今からなら間に合うかも知れない。
こんな主は嫌だと言われても構わない、力づくでも連れていく。
佐助は俺のしのびだ。



走って走って伊達の家まで行く。
どう見ても外へ行く格好ではなかったが、そんなことを気にしている場合ではない。
伊達の家は相変わらず大きい。
「さ、さすけえええええ!!!!」
閑静な住宅街に叫び声が響き渡る。
「おいおい、近所迷惑ってもんを考えろよ」
門から出てきたのは佐助ではなく、この家の主である伊達だった。
「伊達……」
「ったく、わざわざ1限休んだんだ。あとで何か奢れよ」
そう言った伊達の後ろに、見馴れたオレンジ色の髪の毛が見える。
ふわふわとしたそれは涼しい風に吹かれて、綺麗になびいていた。
「さすけ」
名前を呼ぶと小さな顔が影から姿を現す。
「だんな、あの、あの……」
「すまなかった!」
がばりと膝を地面につけて頭を下げる。
佐助だけでなく伊達も驚いたようで、彼は頭上で何か言っていた。
「俺は本当に駄目な主だ、お前のことを考えれば伊達のところにいた方がきっと幸せになれるということは分かっておる。だが、他でもない俺が我慢出来ぬのだ!」
「だ、だんな…!やめて、あたまなんてさげないで!」
佐助の言葉に首を振り、口を開く。
「誰でもなくお前が必要なのだ、佐助」
庭の木がざわめく。まるで時間が止まったかのような錯覚を覚えた。
「だんなは、かんちがいしてます」
ぽつりと佐助が呟く。
その声はとても落ち着いていて、驚きのあまり顔をあげてしまった。
「りゅうのだんなといっしょにいるのも、たしかにすっごくたのしいけれど。おれはだんなといっしょにいたいんです」
「…佐助?」
「びんぼうでも、あそびにいけなくても、だんなのおそばにいることができれば……さすけはそれでしあわせです」
むしろ身に余る思いなのです、と佐助はかすれた声を上げながら俺に抱きついてくる。
確かな温かいぬくもりを感じてその小さな身体を抱きとめた。
「人騒がせな野郎だぜ、ほらこれ持ってさっさと帰れ」
緑色のポーチを投げつけ伊達はその場を去る。いつもながら空気を読む男だ。
だがいつまでも此処にいるわけにも行かない。伊達の家の前とはいえ、人が通らないとも言えない場所である。
「…帰るぞ」
「はい!」
ああ、やっぱり佐助は泣いている顔よりも笑っている顔の方が百倍可愛いなと思いながら家路へとついた。
小さな手を離したくなくて、ずっと握っていたら佐助に「だんな、てがいたいです」と言われたのはいうまでもない。



*


「ただいま」
「……ただいま」
玄関に入ると佐助が立ち止まる。危うく転びそうになった俺は慌てて佐助の方を振り返った。
俯いて、何かぶつぶつ言っている。
「どうした?」
「ほんとうにさすけはじゃまじゃないですか?」
ああ、きっと家が貧乏なことを気にしているのだろう。
だが佐助が気にすることは何ひとつない。
「邪魔なわけがないだろう」
「でも、びんぼう……」
「それは貯金しているからだ」
ちょきん、と佐助が首を傾げる。
身体を反転させ、しゃがんで彼と同じ目線になった。
「いつか、佐助と一緒に暮らせる大きな家を買うためだ」
「え?」
「佐助が大きくなったらきっとこのアパートじゃ小さいだろう?だから、と思っていたんだが……」
佐助を不安にさせてしまったら本末転倒である。
すまない、ともう一度頭を下げて佐助の後頭部を抱き締めた。
「少し貯金を下ろそうと思うんだ、それで一緒に出掛けよう。どこに行きたい?」
そう尋ねてから靴を脱ぐ。
いつまでも玄関で話していることでもないはずだ。
佐助も続いて靴を脱いで、うーんうーんと言いながらついてくる。
「だんな!」
「ん?決まったのか?」
「うん!おれ、うえだにいきたい!」

……?
「上田?」
こくんと頷く佐助に俺は首をひねるばかりだ。
何故、上田?
「とおいですか」
「いや……一時間半くらいで行けるしな…長野だろう?」
「はい!」
幼いのに随分と渋いというか、地味だというか。
何かあったかな、と俺は考えこんでしまった。
高校のときにスキー合宿で行った場所だったことは覚えている。
まだスキーには早いだろう。
「で、これ着ていくんです!」
じゃーんとポーチから取り出した真っ黒いワンピースを手に持っている佐助は満面の笑みを浮かべながら、いつの間にか帽子も被っていた。
手には星のついたステッキを持ち、くるりとその場を回ってみせる。
「魔女?」
「はい!とりっくおあとりーと!こんどがっこうでやるんです」
竜の旦那が作ってくれたの、と嬉しそうにはしゃぐ佐助を見て昨日のはこれだったのかと納得する。
勝手に嫉妬したのが馬鹿らしくなってきた。
確かにこれは俺に頼まれても困る分野だった、裁縫ならば彼の方が得意に決まっている。
「それを着ては行けないぞ」
「え、なんで?」
作って貰った服が気に入ったからであろうが、何せ丈が短すぎる。
「伊達にもう一度作り直して貰え。それは丈が短い」
「えー!これくらいがいいのに」
ぴょんぴょんと跳ねる佐助の真っ白いふとももが眩しい。
「ダメったらダメだ!」
佐助のスカートの裾を押さえるのに必死になって、その可愛い足を見ていいのは俺だけだ、とは言えなかった。


わけもなくあなたが好き




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よろしければ、やまきさんに!伊達でしゃばりすぎですね、すみません……
やまきさんの魔女っ子本が可愛すぎたのでついついやっちゃいました^^
忍びは魔女でいいと思います。かわいい〜