世間は夏休み。
外は蝉の鳴き声とうだるような暑さに包まれている。
貧乏アパートにクーラーなどという文明の機器があるはずもなく、俺はぱたぱたとうちわを全力であおぐ。
「暑いな……」
「あついねー」
ぺたーっと床に頬を付けながら佐助が言う。
少しでも暑いのを冷まそうとしているのか、身体全体がフローリングにくっついている。
「せめて扇風機でも付けるか」
電気代がもったいないと思ってつけていなかったのだが、佐助の顔が真っ赤になっていることに気が付いて立ち上がった。
室内にいるのに、熱中症にでもなってしまったら困る。
「だんな、おそといこうよ」
「外?」
このくそ暑い日に?と思わず尋ねてしまいそうになるのをぐっと抑えて、首をかしげた。
きっと佐助なりに何か考えがあるのだろう、なんせ彼はしのびなのである。
「うん、きっとおそとのほうがすずしいよ!りゅうのだんなのおうちにいこう?」
なるほど、と思った。
此処よりは断然伊達の家の方が涼しい。
あそこの家はエコなんか知るか、と言わんばかりにクーラーがガンガンかかっている。
夏なのに「寒い」と言える場所など、俺のまわりにはそこしかない。
佐助も一度行ったことがあるからそれを思い出したのだろう。
それに、真っ赤な顔をフローリングで必死に冷ましている姿はもう見ていられなかった。
「よし、じゃあ伊達の家に行くか。佐助、着替えてこい」
「はい!」
むくりと起き上がって着替えを取りに行く佐助を見送りながら俺は携帯を開く。
『伊達政宗』を探し出して通話ボタンを押す。
「……もしもし?」



「で?涼みに来た、ってわけか!」
「かたじけない」
「かたじけない!」
それから数十分後俺は伊達の家の前にいた。
右手には佐助の手、左手には伊達への手土産を持って。
「Oh…佐助は相変わらず可愛いな」
俺の真似をする佐助の頭を撫でながら伊達は左手の手土産を見た。
「それは?」
「ケーキだ」
「は?ケーキ?」
「誕生日であろう」
そう伝えれば伊達は満足気に笑う。
もう過ぎてしまったものの、今月は確か伊達の誕生日だったはずである。
「Thank you!まあ、入れよ」
そう言われ、俺たちは回転ドアを通って家の中へと向かった。
何度来てもこれには慣れそうにない。
「うわー!すずしい!だんな、すずしいね!」
最初とは違い、佐助はドアを怖がることなく入っていく。
アパートとは違う、涼しい風が頬に触れた。


「美味そうじゃねえか」
大きなダイニングテーブルに座らされて―佐助は俺の膝の上にいる―一緒にケーキを見る。
伊達は『まさむね』と書いてあるチョコプレートを見て笑っていた。
「お前、俺がいくつだと思っているんだ?」
「うむ……佐助がこれがいいと聞かなくてな」
誕生日と言ったらこれなんだよ!と膝の上で佐助が力説する。
どこで見たのかと聞けば、『こたろ』の誕生日会だったらしい。
「こんなの久しぶりだ、ありがとうな佐助」
「うん!りゅうのだんな、おたんじょうびおめでとう!」
にこにことしている佐助があまりにも可愛くてぎゅっと抱きしめる。
一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「Thanks!俺一人じゃ食べられないから、切り分けてくる」
そう言って伊達はケーキを持ってキッチンへと向っていった。



「だんな」
「ん?」
膝に乗りながら向き合う姿勢になった佐助の瞳と目が合う。
じっと見られていて、何だか恥ずかしくなってしまった。
「ど、どうした?」
「さっきどうしてぎゅってしてくれたんですか?」
大きな瞳に映っているのはうろたえている自分の姿。
佐助の目にはどんなふうに映っているのだろう。
「すずしかったから?」
「違う」
「じゃあなんで?」
なんで?と首を傾げる佐助の頬に触れる。
真っ赤だったそれはいつもの桃色に戻っていた。
「佐助が可愛かったからだ」
「そうなの?」
ああ、と頷く。
ついに我慢出来なくなって俺は目をそらした。
「だんな?」
熱が上がっていくのがわかる。
きっと恥ずかしいくらい頬が染まっているだろう。
「……なんだ」
「だんな、かわいい」
「は!?」
次の瞬間、何故か俺は佐助に抱きしめられていた。
と言っても俺の方が大きいので佐助にしがみつかれている、というのが正しいかも知れないが。
「だんな、だんな」
「どうしたのだ」
「だいすき!おれ、だんなのことだいすきだよ」
俺の胸元に小さな橙色が収まっている。
クーラーの風がその色をなびかせていて、窓からの光が反射する。
素直にきれいだ、と思った。
「俺も」
小さな手を握り返して、佐助の頬に口づける。
視界の端にケーキを持った伊達が居たことは、気がつかなかったことにしようと思う。


ぎゅってしていい?




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政宗さまは空気が読める子
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