大学生幸村と小さいさすけのはなし





箸が上手く使えない
「ううん……」
「どうした、佐助」
最近同居し始めた自称『だんなのしのび』がたまごやきとにらめっこをしている。自分で作ったものなのに食べられないのだろうか、不思議に思って声をかけた。
「え、あ、いや……なんでもないんです」
「食べられんのか」
首を振りながらも一向に食べ始めない佐助に何となく状況を察する。まあ、まだ箸が上手く使えなくても仕方がない年齢だ。
「待っていろ、今フォークを持ってくるから」
「い、いいです!そんな…!じぶんでいきます!」
がたん、と大きな音をたてて椅子が倒れる。あ、と佐助はまぬけな声を出した。
「食事中に席から立つとは行儀が悪いな」
「……ごめんなさい」
しょんぼりと項垂れながら佐助は椅子を直して再び座った。従順なそれに思わず口元が上がる。
「おしおきだな」
その言葉に反応してこちらを見た佐助の瞳は脅えと期待に染まっていた。


蝶々結びがどんなに頑張っても縦結びになる
今日は一限から授業だ。通勤通学ラッシュに巻き込まれたくないから俺はいつも少し早めにでる。
「何をしておる」
「え、あ…だんなのくつひもをむすんであげようとおもって」
いざ出かけようと思ったら玄関に橙色の髪の毛がうずくまっていた。同居人である佐助が玄関で何かと格闘している。その相手はどうやら、通学用に使うスニーカーだった。白い紐を一生懸命結んでいるようだ。
「ああ、そういえば昨日ほどけてしまっていたからな」
「はい!だんなのためにやろうとおもって!」
ありがとう、と言って頭を撫でてやるとにっこり嬉しそうに笑う。この笑顔がどうしようもなく好きだった。
「だが、それでは学校へ行けぬぞ」
赤いスニーカーの紐が両足とも縦結びになっていた。同じ方向に、ひねくれてしまっている。
「あ、はい……なんどやってもこうなっちゃうんです」
恥ずかしいのか頬を染めて佐助がうつむく。
「……」
「ご、ごめんなさい」
「よい、それで行く」
その縦結びに愛しさを感じて、佐助の顔をこちらへ向かせる。
「だ、だんな……」
じっと見つめてやれば赤い顔が更に染まっていった。
「行ってくる」
その可愛らしい頬にそっと唇を寄せた。


横断歩道で白い部分だけを踏んで渡る
買い物帰り二人並んで歩く。今日の夕飯はオムライスだ。
「だんな、にもつもちます!」
「よい、今日は重いからな。それに卵が入っているから危ないだろう」
佐助は小さな緑色のポーチを肩から下げている。その中には『しのびのどうぐ』が入っているらしい。このあいだ勝手に覗いてみたが、中身は俺の目にはがらくたにしか見えなかった。
「うう……こどもあつかいしないでください!」
怒った表情も愛らしいと思っていると聞いていないと思ったのか佐助は頬を膨らませた。それを片手でつぶしてやる。ぷう、と気の抜けた音が出た。
「そういうところが子どもだろう」
だが、そんな佐助が可愛い。
「だんなのばか」
「馬鹿などと言うな」
そんな話をしていると、赤い信号が青に変わる。ぴよぴよと青に変わった合図が鳴り響く。小さい横断歩道だが、危ないのでしっかり手を握ってやった。
「だんなだんな!くろいところふんじゃだめだよ!」
「は?」
突然不思議なことを言い出す佐助に開いた口が塞がらない。
「しろいところはりく!くろいところはうみ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら繋いだ手を離して佐助は前へ行く。
「あーあ、だんなうみにおちちゃった」
言っている意味が分からずそのまま歩くと既に渡りきった佐助が笑っている。
「でも、おれのあいでひきあげてあげるね!」
「う、うむ……」
この子どものすることはいまいち理解が出来ない、と思いつつもやはり愛しさの方が勝ってしまう。思っているよりもこのしのびに惚れているのかも知れない。


スキップができない
ばたばたと大きな音が部屋に響き渡る。何事かと思い部屋を覗いてみると、しのびが奇怪な動きをしていた。
「さ、佐助…?」
小さなアパートの二階だから音が響くだろうし、もう夜も更けている。このまま続けてしまっては下にいるヤクザのような男にまた怒られてしまうだろう。ちなみにまた、というのは以前夜の営みで無理をしすぎてしまいうるさかったので「ほどほどにしろ」と怒られたことがあるからだ。
「だんなあ〜」
振り返った佐助は何故か涙目。
「ど、どうした!?」
慌てて駆け寄ると佐助は更に涙をこぼしてしまう。はらはらとこぼれる涙が美しい。
「あのね、こんどにんむするの」
「任務?」
こくりと佐助は頷く。
「にんむのためにすきっぷしないといけないんだけど、すきっぷができなくて」
どうやらあの奇怪な動きは佐助なりのスキップだったらしい。
「何の任務だ」
「おゆうぎかい!」
佐助はしのびの学校に行っているらしい、らしいというのは俺もバイトやら学校やらで忙しいからいまいち把握していないのだ。俺たちで言う小学校みたいなものなのだろうか。一緒に住んでいるのに佐助のことを分かっていない自分に嫌気がさす。
「いつなんだ?」
「らいしゅう。だんな、こられる?」
「うむ、佐助のためなら行こう」
少しでも佐助のことが知りたくて俺は迷わず頷いた。授業はあるが、少しくらいさぼっても平気だろう。
「じゃあおれ、だんなのためにがんばります!」
「俺も応援するぞ、佐助!」
「だんな!だいすき!」
ぎゅうとしがみついてくるぬくもりを抱きしめる。可愛い、本当に可愛い。

そんなわけで、結局怒りそびれた俺は翌日下の住人にこってりと怒られてしまった。


人見知りの
ピーンポーン
「……」
「だんな?」
「佐助、気配を殺せ、黙っていろ、これは戦争だ」
ピーンポーンピーンポーンピーンポーン
「だ、だんな…?でないの?」
「良いのだ」
しつこいくらいに鳴り響く音の正体は分かっている。大家で、下の階に住んでいるあのヤクザみたいな男だ。
今日は、家賃の取り立て日なのである。
「おい!いるのは分かってるんだぞ、真田!」
ドンドンと扉が叩かれる。さしずめ借金の取り立てのようだ。俺は佐助とともにテーブルの下に隠れた。
「だんな、こわい」
「ああ、俺も怖い」
「ころしちゃう?」
さらりとそんなことを言う佐助にやめておけと釘をさす。本当にやりかねないのだ、佐助はしのび故にそういうこともやろうと思えば出来るらしい。もしかしたら扉の向こうにいるヤクザより佐助の方が怖いかも知れない。
「……」
「佐助?」
固まった佐助は何かをじっと見ていた。視線の先を辿っていくと。
「うわああああ!」
「だんなああああ!」
驚いた俺の声に驚いた佐助が更に大きな声を上げる。何故か、恐怖の塊が目の前にいたのだ。
「うるせえな」
大家である片倉小十郎がため息をつく。頬にある傷が怖い、もう、ものすごく怖い。お金無いし。
「何で勝手に入って……!」
「俺のアパートだ、鍵くらい持っているに決まってるだろう」
にやりと笑った顔に隣にいた橙色が震えたのが分かった。
「金は」
「無い、です」
「じゃあ代わりにコイツを貰っていくかな」
ひょい、と隣にいた佐助が抱きあげられる。
「だ、だんなあああ!」
「佐助!」
どう見ても怯えている。それはもうかわいそうなくらいに。
「家賃払うまでこいつは人質として貰っていくからな」
「だんなあ……」
「佐助、すまない……!」
明日までは我慢してくれ、と目で訴える。だがそんなテレパシーも伝わらず、あっという間に連れていかれてしまった。


翌日の朝、即給料を下ろし佐助を引き取ったのは言うまでもない。最初は怯えていたものの、佐助は何故か大家に懐いていて最後には「また遊びに来いよ」と言われる始末だった。
「でもやっぱりだんながいちばんです」
そう笑う佐助がやっぱり可愛くて仕方がない。
「俺も佐助が一番だ」


炭酸でむせる
「だんな、これなんですか?」
最近同居し始めたしのびである佐助が冷蔵庫を見て口を開いた。不思議そうに首を傾げる顔が可愛らしい。
「ん?あ、それは」
大学の友人である伊達に貰ったものだった。この間授業を休んでいたので、プリントをコピーしたらお礼にとくれたのである。
「カルピスソーダだ」
「ふーん……」
興味津津、と言った感じでそれを見つめている。
「だ、だんな…あの……」
声に出してはいないものの、顔が『飲んでいいですか』と訴えていた。
「なんだ」
わざと気がつかないフリをする。佐助はもじもじと身体を動かしていた。
「あ、あの…これ、のんでみたい……」
「ああ、いいぞ」
甘い飲み物は嫌いでは無かったが、実は俺は炭酸があまり好きでは無い。伊達に悪いと思って受け取ったもののどうしようか迷っていたところなのである。
「ほんとですか!」
嬉しそうに頬を綻ばせて佐助は缶のプルを開ける。ぷしゅ、と炭酸特有の音がこちらまで聞こえた。
くんくんと匂いを嗅ぐ姿は小動物のようだった。
「いただきます!」
珍しく弾んだ声でそう言って、佐助はそれに口づけて一気に飲んでいく。が、次の瞬間だった。
「こほっ、こほっ……」
液体が変なところに入ったのか、苦しそうにし始めた。慌てて駆け寄って背中を撫でてやる。
「だ、んな」
ごめんなさい、と声にならない言葉を紡ぐ。俺は大丈夫か、とか平気か、とかしか言うことが出来ない。佐助が謝ることはないのに。
「だって、せっかくだんなにもらったのに……こほっ」
「気にするな。炭酸は一気に飲むものではないと言わなかった俺も悪い」
それよりも、だ。
「だんな……」
むせたからこぼれてしまったカルピスソーダが口の端から漏れていた。だらしがないと思うかも知れないが、何故かそうは思わず、性的な魅力すら感じていた。
(ああ、白濁だからか)
まだ昼間なのにそんなことを考えてしまって、破廉恥だとは思ったが、それもこれも佐助のせいなのだ。決して俺のせいではない。
「お仕置きだな」
心中は隠して、口角だけに笑みを浮かべた。


口癖が「ぶっちゃけ」の
三日間、研修旅行のために俺は家を空けていた。勿論佐助を連れていくことは出来ないので先日懐いた大家である片倉小十郎に預かって貰っていたのである。
そして、ようやく今日帰ってこられたのだ。たった三日間、されど三日間。佐助に触れられなくてどれだけ辛かったか。
「佐助」
「だんな!!」
引き取りに片倉家のチャイムを押すと、すぐに出てきたのが佐助だった。名前を呼べば駆け寄ってきて、ぎゅうと抱きしめられる。それを優しく抱きとめた。
「片倉さん、有難う御座いました」
「いや、気にするな」
はたから見ればヤクザそのものな風貌だが、根は優しいいい人なのだ。佐助を抱きしめたまま俺は頭を下げる。
「政宗様もいらっしゃってな、昨日はずっと二人で遊んでいたぞ」
「……!?」
今の言葉は聞き捨てならない。政宗様というのは俺の同級生で、伊達家のお坊ちゃんだ。片倉家は代々伊達家に仕えているらしい。
別に遊んで貰うのは構わない、むしろ有難いことだ。佐助に寂しい思いはさせたくなかった。
だが、十中八九彼はいらないことを教えるはずだ。無論、好奇心で。
「さ、佐助……」
未だ離れないしのびに話しかける。こちらを見上げてくる佐助は本当に可愛い。
「その、伊達に何か言われたか?」
そう言った途端、違う方向から殺気を感じた。ヤクザだ、あのヤクザがヤクザモードに入ってしまった。何がいけなかったのか分からなかったが、とりあえず此処から離れるのが先だろう。
「あ、片倉殿。本当に有難う御座いました。では!」
そそくさと佐助を抱き上げて家に向かった。


「で、だ。何か言われたか?佐助」
「りゅうのだんなに?」
うーん、うーんと悩んでいるようすの佐助に深読みしすぎたかと考える。いくら伊達でもこんな小さな子どもに変なことは教えなかったのかも知れない。
「何も言われなかったのか?」
「うーん……ぶっちゃけいろいろいわれすぎててわからないんです」
「…ん?」
今、聞きなれない言葉が耳に入った気がする。
「ぶっちゃけ?」
「はい!これもりゅうのだんなにおしえてもらったんです」
佐助は何かぶつぶつ言いながら俯く。
「あの、だんなにいえばいちころだってりゅうのだんながいってたの……」
「何がだ」
「ぶっちゃけ、だんなのことあいしてる!」
たまには伊達もいいことをするじゃないか、と必死な顔の佐助を抱きしめながら思った。俺のしのびは日の本一である。


猫を「にゃんこ」、犬を「わんこ」と呼ぶ
「Hey、幸村!佐助!」
買い物帰り二人で歩いていると後ろから声をかけられる。随分と聞きなれているその声の持ち主は一人しか知らない。
「りゅうのだんな!」
佐助も反応して、嬉しそうに後ろを向いた。どうやら俺が研修旅行に行っている間に仲良くなったらしい。
「Oh!相変わらずvery cuteだな、佐助」
「どうしたのだ」
わしゃわしゃと頭を撫でる声の主―伊達に話しかける。嫉妬しているとかそういう訳でもない。伊達はちゃんと付き合っている人がいるからだ。
可愛いものには目がない、という伊達は佐助のことが気に入ったみたいだ。
「ああ、ちょうどこの辺りを散歩しててな」
「散歩?」
「ああ、犬の散歩だよ」
そう言われてから、伊達の後ろに小さいものが隠れていることに気付いた。恥ずかしがり屋なのか、怖いのか。
「犬なんて飼っていたのか」
「ああ、可愛いだろ」
確かにおずおずと顔を出すチワワは、伊達に似合わないが可愛い。だが、佐助の方が可愛いと思ってしまう俺は末期かも知れない。
「わんこ!」
佐助が瞳をきらきらさせて犬に近づく。
「りゅうのだんな、さわっていい?かまない?」
「ああ、大丈夫だ。下から手、出してくれな」
佐助と同じ目線になって、伊達はチワワの首を撫でている。気持ち良さそうに、くうん…と鳴いた。
「かわいい!ね、だんな!かわいいね!」
その様子を見た佐助がこちらを振り返る。眩しいくらいの笑顔だ。
とても微笑ましい。
「いいな、わんこ」
ぽつりと呟いたその言葉に伊達が反応する。
「お前んちはアパートだから無理だろ?」
佐助はこくんと、頷いた。今まで犬を飼いたいなど言ったこと無かったのに。ああ、もしかしたら俺は佐助に無理をさせていたのかも知れない。
「さ、佐助……」
すまない、と口に出そうとした途端伊達が俺の顔を見て微笑んだ。この男は、こういう笑みを滅多に浮かべない。
「たまにうちに遊びに来ればいいさ。そうしたらコイツも喜ぶだろう」
なあ、と言って犬の頭を撫でている。
「だ、だんな…」
「どうした」
「こんど、りゅうのだんなのおうちにいってもいい?」
いちいち聞いてくるこのしのびは本当に可愛い。
「ああ、俺も同伴するがな」
その言葉を聞いて、伊達が「どっかの誰かさんと同じで過保護だぜ」と言ったのは言うまでもない。


「ところで、伊達」
「Ah?」
公園のベンチでチワワと遊んでいる佐助を眺めながら隣に座っている男に話しかける。
「あの犬、名は何と言うのだ。聞いていなかった」
「……Secret」
「英語は分からぬ」
中1レベルだぞ、と笑いながら伊達が立ち上がる。
「おいで、こじゅ」
照れくさそうに犬の名を呼ぶ彼に思わず口元に笑みが浮かんだ。きっと、気付かれたら怒られてしまうけれど。


回転ドアに入るタイミングがつかめない
伊達の家はでかい。
どのくらいでかいかというと、俺の住んでいるアパートが3軒すっぽり入ってしまうくらいでかい。
伊達コンツェルンの御曹司だ、ということもあるが俺の見たところあれはどう見てもやくざだ。とにかくすごく怖いのだ。
「何一人でぶつぶつ言ってんだよ」
怪訝そうな顔をして伊達が言う。どうやら考えていたことが口に出ていたらしい。
「だんな〜?だいじょうぶ?」
足元にいる佐助にも心配されてしまう始末だったが、俺の反応は極めて普通だと思いたい。何故なら、此処は伊達の家だからだ。
あえて説明するならば部下が全員片倉小十郎のような風貌をしている。堅気の会社には見えない。尤も、その片倉本人も伊達の世話役なのだが。
「ほれ、入るぞ」
門から歩いて何分くらい経っただろうか。ようやく玄関に辿りつけた。
「だ、だて……これは」
「Ah?まあ、確かに珍しいかもな」
珍しいとかそういう問題ではない。これは普通の家にあっていいものなのだろうか。
ドアが回転している。
「ホテルか此処は」
「俺んちだよ、何勝手にトリップしてやがる」
俺は佐助と共に来てしまったことを激しく後悔していた。自分の貧乏さを強く感じてしまうだけではないか。
「わんこたのしみだね、だんな!」
ドアに対して驚きもしない佐助はにこにこと今日の目的について話す。そう、俺たちはただ犬に会いにきただけなのだ。それなのにどうしてこんな思いをしなければならないのだろう。

「おい、何してるんだよ。さっさと来いよ」
もう既に家の主である伊達は中に入ってしまっている。あまり気にしても仕方ないと諦めて、俺は中へ入った。
が、佐助が来ない。
「佐助?」
慌てて振り返ると、ドアの向こうに佐助がいた。先ほどの場所に立ったまま動かない。もしかしたら怖いのかも知れない、佐助はまだ未熟らしいが、しのびだからきっと感情を抑えることが出来たのかも知れない。
「だ、だんな」
「どうした!?」
いつもは明るい佐助の声が弱々しい。
ドアをくぐって戻ると佐助がじーっと何かを見つめていた。
「佐助?」
「めがぐるぐるする」
どうやら回転ドアを見つめすぎて目を回してしまったらしい。
「おい、大丈夫か?」
伊達も心配になったのか、いつの間にか戻って来ていた。
「心配いらん、佐助はこういったドアを見るのは初めてなのだろう」
未だにドアを見つめている佐助に苦笑しつつもそう伝える。伊達も納得したのか、なるほどと言って笑った。
「佐助、掴まっていろ」
ひょい、と抱き上げてやる。細い腕が首に絡まった。
簡単にドアを通りぬけたものの何だか惜しくなってしまってそのまま歩き続ける。
「だんな?」
ぽかんとしていた佐助だったが、いつまでも降ろさない俺を不思議に思ったのか声を上げた。
「だんな…これ、もしかしておひめさまだっこ?」

言われてみればその通りで、そう認識した途端に恥ずかしくなる。
そんな言葉を教えたのは誰だ、と問うまでも無く前方から「That's right!」という声が聞こえた。


new!何を思ったのか自主製作にはしる
「ただいま」
いつも通りおんぼろアパートのドアを開ける。試験も今日で終わりだ。長かったが、これから訪れる春休みのことを考えれば足取りも軽やかになる。こんな長期の休み、就職してからでは取れないから今のうちに楽しまなくてはいけない。
「…佐助?」
いつもならばパタパタと駆けてくる足音が今日は無かった。おかしい、と思ってリビングまで行ってみるとそこに茜色がいた。
「佐助」
そばに寄って声をかけるとようやく気がついたのかびくりと身体を震わせてこちらを見る。
「だだだだだんな!おかえりなさい!」
気がつかなくてごめんなさい、としょんぼりしながら佐助は言う。しのびだから気配を察するのが得意と言っていただけにその落ち込み様はすごい。気がつかないくらいに何かに熱中していたのだろうか。
「どうしたんだ?」
抱きついてくる小さな身体は冷たい。暖房も付けずにいたのだろう。頭を撫でてやると佐助はその体勢のまま床を指さした。
「これは……?」
散らかっていたのは紙粘土だった。
「だんなとおれをつくってたんです」
一体何の影響でこんなことを始めたのだろうか。いや、言わずもがな大体の予想はついているのだが。
「伊達か」
「はい!りゅうのだんながね、みぎめのだんなのにんぎょうつくっててすっごいじょうずで……」
最近佐助は伊達と仲が良い。それもこれも伊達がこのアパートの大家である片倉と親しい仲だからなのだが、それは置いておく。
つまりこの紙粘土は伊達の影響だということだ。
「佐助もやってみたのか」
「はい!でも、うまくできなくて」
靴紐も上手く結べない佐助が紙粘土を上手く作れるかと聞かれれば答えは否だ。その予想通り、床に散らかっているものは粘土のかたまりにしか見えない。
「これは、俺か」
白いかたまりを指さして尋ねると、佐助は満面の笑みで頷いた。
「でもだんなはもっともっとかっこいいのに、おれじゃうまくできないんです」
「構わん」
佐助の気持ちが嬉しいのだ、と言って大きな瞳を見つめる。佐助の瞳に映る自分は粘土とは似つかない姿だったけれど。
「褒美をやろう、何がいい?」
「きす!」
「お安い御用だな」
可愛らしい褒美を望む佐助の顔を抱き寄せて、深い口づけを送った。


「だんな、だいすき!」
「俺もだ」





愛の試練バトン




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おしまい!
全部まとめて篠月さんへ!(いらない)