建てられたばかりの頃はきっと綺麗な水色だったろうそのドアはほとんど白に近い状態だった。
かろうじてところどころに青色だった名残があるので、昔の色がなんとか想像出来る。
半開きのそれを押すと、キィ…と錆び付いた音を立てて扉が開いた。と、同時に目の前に何かが倒れているのが見える。
昨今ではあまり見かけなくなった―モップだ。
佐助は困惑した。
自然に倒れたのかも知れないがこれ見よがしに置いてあるモップを見たのは生まれて初めての経験だったからである。

恐る恐る一歩中に入って周りを見渡す。
入ってすぐ右の壁にモップが二本立てかけてある。そしてその下にはバケツと雑巾が乱雑に置かれていた。
他のはきちんと立っているのに、この角度で目の前のモップがあるのはありえないことだった。
大体、もし倒れるとしたらモップの柄は佐助から見て左にあるはずだ。
不自然だったのはそれだった。モップの柄は他の掃除道具の方―つまり佐助から見て右側にあったのである。
きっと、住民がわざと倒したのだろう。随分と手の込んだ嫌がらせである。
その割にどこか抜けているような気がするのだが、この際気にしないようにした。
やれやれと心の中で溜息を吐いて佐助は背負っていたリュックを下ろした。
荷物は多いうえに重いので一旦下ろすのは癪だったが、このモップがどかない限りアパートに入ることが出来ない。
モップをまたぐことも考えたが、結局誰かが元の位置に直さなければいけないのだ。そう思って佐助はモップを手に取った。


「な、なんと!俺の罠を抜けるとは……!おぬし、やりおるな!」
正面にある階段から随分と時代錯誤な口調な男の声が聞こえてきた。
「だから言っただろ?あんなん引っかかるのはアンタだけだぜ、真田!」
けらけらと笑う声は階段ではなく、目の前から聞こえた。
廊下に立っていた男は同じ年くらいだろうか、よお!と笑って佐助の持つモップを取って元の場所へと戻す。
「あ、あのぅ……」
全く状況が掴めない佐助は眉をひそめる。
「Oh、すまねえ。いきなり試させるような真似して悪かったな。おい、約束だ!下りて来いよ」
そう言って階段の上にいる男を呼ぶ。
個性の強い人間だ、話し方や声もそうなのだが、何よりも右目を隠す眼帯が目を引く。
はあ、と悔しそうな顔を浮かべながら下りてきた男は佐助の顔をいきなり睨み付ける。
恨みをかった覚えはないんだけどな、と佐助は頭をかいた。




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